藤田医科大学(愛知県豊明市)消化器外科、消化器内科学講座・医科プレ・プロバイオティクス講座らの研究グループは、胃がん手術(胃切除術)を受けた患者において、術前・術後の腸内細菌叢(腸内マイクロバイオーム※1)の変化と、それに伴う体重減少や栄養障害との関連を、世界で初めて明らかにしました。
本研究は、これまで周術期の管理において見過ごされがちだった「腸内環境の変化」に注目し、腸内マイクロバイオームのプロファイルと栄養指標・術後症状との関連を精緻に解析したものです。その成果は、胃切除術後栄養障害やQOL(生活の質)低下を防ぐ新たなアプローチとして、腸内マイクロバイオームを活用する未来型の個別化医療の可能性が示唆され、臨床現場における大きな転換点となることが期待されます。
この画期的な研究成果は、2025年4月9日、消化器疾患分野の国際学術誌『Digestion』(オンライン版)に掲載されました。
論文URL:
https://karger.com/dig/article-abstract/doi/10.1159/000545678/925485/Association-between-Microbiome-Dysbiosis-and?redirectedFrom=fulltext
<研究成果のポイント>
• 術前後で腸内環境が顕著に変化
胃切除後の腸内では、善玉菌Bacteroides uniformis量が回復するなど、腸内マイクロバイオームの大幅な再構築が起きていることが判明。また、癌のマイクロバイオーム遺伝子マーカー※2として機能する胆汁酸代謝遺伝子量が、癌切除によって回復した。
• 栄養障害との関連性を解明
著しい体重減少と、短鎖脂肪酸産生菌Faecalibacterium prausnitzii※3の減少が関連し、さらに、血清プレアルブミンや亜鉛の低下と悪玉菌Escherichia coliの増加が相関。
• プレバイオティクス※4による介入の可能性
1-ケストースなどの特定のオリゴ糖が、腸内マイクロバイオームの改善および術後症状の緩和に有効である可能性が示され、今後の臨床応用が期待される。
<背 景>
胃がんは、内視鏡診断、集学的治療の進歩にもかかわらず、依然として主要な死亡原因となる疾患です。内視鏡適応外となる切除可能な病変については、胃切除術が治療の中心になりますが、術後の体重減少、低栄養、QOLの低下といった胃切除後術後障害は依然として大きな課題です。
本研究では、「腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオーシス)」がこれらの合併症の背景にある可能性に着目し、腸内環境を評価することで、術後の状態悪化の“予兆”を把握し、予防・改善する周術期管理の新たな枠組みを提示しました。
<研究方法>
対象:胃切除を受けた胃がん患者21名
比較群:健常者85名
- 術前・術後の糞便サンプルを採取し、16S rRNA遺伝子シーケンスおよび定量PCRにより腸内マイクロバイオームを解析
- 胃切除術後の栄養状態(体重減少率、血清プレアルブミン、亜鉛)と腸内マイクロバイオームとの関連について解析
<研究結果>
- 術後の平均体重減少率は10.9%(全摘除群で−13.5%と顕著)
- 短鎖脂肪酸産生菌Faecalibacterium prausnitzii の減少は体重減少と有意に関連(p=0.0269)
- 悪玉菌Escherichia coli の増加は、プレアルブミン<20mg/dLおよび亜鉛<60µg/dLの群で顕著
- 善玉菌Bacteroides uniformisおよび癌のマイクロバイオーム遺伝子マーカーとして機能する胆汁酸代謝遺伝子量が術後に有意に上昇
<今後の展開>
• プレバイオティクス(例:1-ケストース)を活用した術後栄養管理プログラムの開発
• 腸内マイクロバイオームを可視化し、QOL予測や予防介入に応用する個別化医療の構築
• 大規模臨床試験および標準化されたQOL評価尺度(PGSASなど)を用いた検証
<用語解説>
※1 腸内マイクロバイオーム
ヒト腸内に共生する微生物群。健康や疾患と密接に関連
※2 マイクロバイオーム遺伝子マーカー
腸内細菌が有する特定の機能遺伝子。これの存在量を定量することにより疾患リスクを評価する手法は、本学の独自技術。
※3 Faecalibacterium prausnitzii
短鎖脂肪酸を産生することにより、炎症抑制作用を示す善玉菌
※4 プレバイオティクス
有用菌の増殖を促進する食品成分(オリゴ糖など)
<文献情報>
●論文タイトル
Association between Microbiome Dysbiosis and Postoperative Disorders before and after Gastrectomy
●著者
田中 毅1、藤井 匡2、他
●所属
1 藤田医科大学 医学部総合消化器外科学
2 藤田医科大学 医学部医科プレ・プロバイオティクス
●DOI
10.1159/000545678