【名古屋大学】野ネズミはクリの虫食いの有無を、素早く嗅ぎ分ける~ガの幼虫が食べた堅果を避けることを野外で実証~



【本研究のポイント】
・林床注1)上のクリ堅果(けんか)注2)の多くは、ガの幼虫に摂食されていた。
・野ネズミは、ガ類の幼虫が食害した(摂食後に脱出)堅果をにおいで嗅ぎ分け、昆虫に摂食されていない健全な堅果を優先的に選んで持ち去った。
・野ネズミは堅果を無作為に食べるのではなく、ガ類幼虫の脱出済み堅果を避けて健全堅果を選好するという、栄養価を重視した採餌戦略を持つものと推察された。





【研究概要】
 名古屋大学大学院生命農学研究科の梶田 瑠依 客員研究員(元:博士後期課程学生)と梶村 恒 教授の研究グループは、野ネズミによる虫害クリ堅果の採餌行動に関する論文を発表しました。
 森林に生息する野ネズミには、秋になると堅果を採餌する種がいます。しかし、堅果は昆虫の幼虫にも摂食されます。野ネズミは、おもにゾウムシの幼虫に食べられた堅果を識別する場合があることが報告されていますが、他の昆虫ではどうなのか?については不明点が多くありました。さらに、どのように識別し、選択しているのか?については謎のままでした。
 まず、落下したクリ堅果の内部状態を調べると、ガの幼虫が食べて脱出した堅果(ガ類幼虫脱出済み堅果)が多く存在していました。したがって、この虫害堅果と、野ネズミは高い確率で遭遇していると考えられます。次に、この虫害堅果を健全堅果と同時に林床に置いたところ、野ネズミは健全堅果を先に持ち去りました。また、画像解析によって、においを嗅いで素早く堅果を比較し、調べていたことが確認されました。さらに、堅果を調べた方が、健全堅果を持ち去る割合が高まることも見出されました。
 以上のことから、野ネズミはガ類幼虫脱出済み堅果を回避し、健全堅果を選択することで、栄養価の高い餌資源を効率良く獲得していることが示唆されます。この知見は野ネズミの虫害堅果についての採餌戦略を理解するだけでなく、堅果をめぐる樹木-昆虫-野ネズミの相互作用と生態系への影響の解明にもつながることが期待されます。
 本研究成果は、2025年12月9日付で国際科学雑誌『Scientific Reports』(Springer Nature社)に掲載されました。


【研究背景と内容】
 動物にとって採餌はエネルギーを得るための重要な行動の一つです。一方で、餌を探索するための移動や自身が捕食されるリスクなど、さまざまなコストがかかります。そのため、得られるエネルギーとかかるコストのバランスが重要となります。このバランスを決定する要因の一つに、餌の選択が挙げられます。すなわち、どんな餌を選択するかによって、エネルギーやコストの多寡が変わってくるのです。
 森林に生息する野ネズミには、クリやドングリなどの堅果を採餌する種がいます。堅果は樹種によって大きさや化学防御物質注3)量などが違いますが、野ネズミはこれらの違いを識別していることが分かっています。また、堅果を摂食するだけではなく、貯食注4)もするため、堅果の選択は種子の拡散の第一歩として非常に重要です。
 野外における重要な堅果の特徴の一つに、虫害(虫食い)が挙げられます。堅果はゾウムシやガの仲間の幼虫に食べられることがあり、その結果、林床にはさまざまな虫害堅果が多数混在します。野ネズミは、虫害堅果も識別し、健全堅果とは異なる反応を示す場合があります。しかし、そのような報告のほとんどはゾウムシ類による加害を対象にしており、ガ類については知見が不足しています。また、健全堅果と虫害堅果で、どちらがより多く持ち去られるのか?や、堅果の運命は異なるのか?といった点に着目した調査が多く、どのように堅果を識別し、選択しているのか?という過程は不明です。そこで本研究では、アカネズミ属のネズミ(アカネズミ、ヒメネズミ)を対象に、クリのガ類幼虫脱出済み堅果(ガの幼虫が食べて脱出した堅果)(図1)に対する反応を野外実験で確認しました。
 本研究は、名古屋大学演習林(愛知県豊田市稲武町)で実施しました。まず、2022-2024年に、林床上に落下したクリ堅果の内部状態を調査しました。その結果、虫害堅果としてガ類幼虫脱出済み堅果が最も大きな割合を占めており、野ネズミはこの堅果に遭遇する確率が高いと考えられました。また、ガ類幼虫による内部の摂食度は0~40%と低く、意外にも堅果の内容物(子葉)は残存していました。しかし、その大部分は変色しており、健全堅果と比較すると、餌としての価値は明らかに低下していました。
 次に、2022年と2024年の9月~10月にかけて、健全堅果とガ類幼虫脱出済み堅果を同時に林床に供試し、カメラで野ネズミによる堅果持ち去り行動を一晩撮影しました。その結果、野ネズミはガ類幼虫脱出済み堅果よりも健全堅果を先に持ち去りました(図2)。また、約半数の野ネズミが、持ち去る前に、においを嗅いで堅果を調べる行動(調べ行動)を示しました。その後、周囲の堅果に対する調べ行動に移り、野ネズミが堅果を持ち去る前に堅果の状態を比較していたことが示唆されました。さらに、調べ行動を示した時の方が、健全堅果を持ち去る割合が高まりました(図3)。一方で、調べ行動をすると、堅果を持ち去るまでに数秒余分に時間を要しました。
 ガ類幼虫脱出済み堅果は大きな脱出孔があるため(図1)、野ネズミは素早く容易に健全堅果と識別していると推察されます。しかし、毎回調べ行動をしていると、堅果量に比例してトータルの採餌時間が長くなるため、ライバルに採餌を妨害される、あるいは捕食者に見つかりやすくなる、といったコストは高くなると考えられます。したがって、調べ行動をするかどうかは周囲の環境に影響されるかもしれません。


【成果の意義】
 本研究は、野ネズミがクリのガ類幼虫脱出済み堅果を、においを嗅いで素早く識別して回避し、健全堅果を優先的に持ち去る戦略を持つことを野外で実証しました。野ネズミは堅果の貯食もするため、樹木の分布や更新に寄与します。一方、昆虫に摂食された堅果は生残率が低下します。そのため、野ネズミがどんな堅果をどのように選択するのかは、野ネズミ自身だけでなく、森林生態系にとっても重要な問題です。虫害堅果を含めた採餌戦略についての成果は、樹木-昆虫-野ネズミの相互作用の真相を理解する一助になることが期待されます。
 本研究は、東海国立大学機構メイク・ニュー・スタンダード次世代研究事業の支援のもとで行われたものです。

【用語説明】
注1)林床:
森林の地表面。森林生態系の一部であり、地上部の樹木や草本の生きている部分と、主に枯死木や落葉落枝などの腐朽した植物質からなる鉱物質土壌との間を仲介している。
注2)堅果:
木質化した堅い果皮を持つ果実。例えば、ブナ科(クリ、ブナ、ナラ類、カシ類、シイ類など)樹木が生産する。
注3)化学防御物質:
多くの植物の種子や果実が備えている、動物に食べられるのを防ぐための化学物質。タンニン(渋み成分)などが代表例である。
注4)貯食:
種子や堅果を発見時に摂食せず、巣穴や林床に隠し蓄える習性。野ネズミやリス類などの一部のげっ歯類、カケスなどの一部の鳥類などで見られる。堅果を運搬したり地面に埋めたりするなど、ただ摂食するよりもコストがかかる。ゆえに、餌としての価値が高い堅果ほど、貯食頻度が高くなると考えられている。

【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Foraging strategy of wood mice for undamaged and moth-infested Castanea crenata nuts on forest floor
著者:Rui Kajita(梶田 瑠依:名古屋大学大学院生命農学研究科 客員研究員,元:博士後期課程学生)、 Hisashi Kajimura(梶村 恒:名古屋大学大学院生命農学研究科 教授)      
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-025-25025-0





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